国立感染症研究所

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バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)感染症

(IASR Vol. 42 p155-156: 2021年8月号)

 

 腸球菌属はグラム陽性球菌であり, 腸管や環境に常在し, 健常人の便培養から分離され, 尿検体に混入することもある。ヒト感染症に関与する菌種としてはEnterococcus faecalis, E. faecium, E. gallinarum, E. casseliflavusなどが挙げられ, 臨床検体から分離される腸球菌の約7割がE. faecalisである。腸球菌は日和見病原体であり, 高齢者, 糖尿病, 悪性腫瘍, 心疾患, 手術後患者などの感染防御能の低下した易感染宿主に菌血症, 心内膜炎, 尿路感染症, 腹腔・骨盤内感染症などの感染症を引き起こす。中でも菌血症, 心内膜炎は重症感染症であり, E. faeciumによる菌血症は致命率が高い。セフェム系薬やカルバペネム系薬, アミノグリコシド系薬に自然耐性を示す腸球菌による感染症において, バンコマイシンは極めて重要な抗菌薬とされている。

 バンコマイシン耐性腸球菌(vancomycin-resistant enterococci: VRE)感染症は, 1999(平成11)年4月から感染症法に基づく全数把握対象疾患となった。感染症法上の定義は, バンコマイシンに耐性を示す腸球菌による感染症である。届出のために必要な検査所見はバンコマイシンの最小発育阻止濃度(MIC)が16μg/mL以上で, 通常無菌的であるべき検体(血液, 腹水, 胸水, 髄液など)の場合, 検査所見を満たす株が分離された時点で届出対象となる。また, 通常無菌的でない検体(喀痰, 膿, 尿など)の場合, 分離株に対するバンコマイシンのMICが16μg/mL以上で感染症の起因菌と判定された場合, 届出対象となる(届出基準はhttps://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-14-01.html)。

バンコマイシン耐性機序
本号3ページ

 バンコマイシンやテイコプラニンなどのグリコペプチド系薬は細胞壁合成阻害薬である。グリコペプチド系薬耐性は, グリコペプチド系薬の親和性が低下することによる。高度耐性を付与する耐性型としてVanA型, VanB型, VanD型, VanM型が知られている。VanA型は通常バンコマイシン, テイコプラニンに高度耐性を示し, VanB型はバンコマイシンに高度耐性を示すがテイコプラニンに感性を示す。一方, VanC型は, バンコマイシンに低度耐性, テイコプラニンに感性を示し, グリコペプチド系薬耐性が臨床上問題となることは少ない。

感染症発生動向調査(NESID)

 1999年に全数把握対象疾患となった当初, VRE感染症届出のために必要な検査所見は, 分離同定された腸球菌に対するバンコマイシンのMIC値が16μg/mL以上であること, もしくは, バンコマイシン耐性遺伝子vanA, vanBまたはvanCの検出となっていた。しかし, vanCE. gallinarum, E. casseliflavusが染色体上に保有する遺伝子であり, VanC型のみのVREは臨床的にほとんど問題とならないことから, 2013(平成25)年4月にバンコマイシン耐性遺伝子の検出の項目が削除され, 現在の薬剤感受性試験のみの基準となった。この変更に伴い, 2012年頃まで認められていたE. faecium, E. casseliflavus, E. gallinarumおよびE. faecalisの届出のうち, 2013年以降E. casseliflavus, E. gallinarumの報告が激減し, E. faeciumがその大半を占め, 近年では80%を超えている()。

 NESIDによる届出患者数は2011~2019年まで年間100例未満で推移してきた。しかし, 2020年は135例と, これまで最多であった2010年の120例を超えた。届出都道府県数で比較しても, 過去10年間で届出数が55例と最も少なかった2013年が15都道府県からであったのに対し, 2020年は26と, 都道府県数が約1.7倍に増加している(IASR 42: 100-101, 2021)。届出菌種の推移からも, これらの増加の多くがバンコマイシン耐性E. faeciumによるものと推測される。

 2017(平成29)年の通知(健感発0328第4号)では, VRE感染症の届出があった際には地方衛生研究所(地衛研)等での試験検査の実施に努めること, とされた。この後, 地衛研等において試験検査が実施できるよう, 体制の充実が強化されつつある(本号4ページ)。2014(平成26)年の通知(医政地発1219第1号)では, 医療機関内でのVRE感染症アウトブレイクへの対応について, 保菌も含めて1例目の発見をもってアウトブレイクに準じて厳重な感染対策を実施することが定められた。VRE感染症の集団発生事例は, 2000年代前半までは長期療養型病床を持つ, 比較的小さな医療機関が多かったが, 2000年代後半になると急性期医療機関での発生が多くなり, 2018~2019年には急性期基幹病院での大規模な院内感染が複数発生した(IASR 42: 100-101, 2021, および本号6ページ)。医療機関は早期から保健所, 地衛研と連携することで, アウトブレイクの拡大を防ぐことが重要である(本号8ページ)。

 VRE感染症の治療は, ペニシリン感性であればアンピシリンが用いられるが, アンピシリン耐性のVRE感染症の治療では, ダプトマイシンやリネゾリドが抗菌薬治療の軸となる(本号9ページ)。

海外の動向

 VREのヒトからの分離報告は1988年にヨーロッパで, 続いて1989年に米国で報告された。それ以降, 米国では急速にVREが医療機関に広がったとされている。米国において医療環境でVREが広がった原因は, 医療環境におけるバンコマイシン使用量の増加によるとされている。1990年代までは高度医療の普及した米国・欧州からの報告が多かったが, 現在までには世界中ほぼすべての地域に広まった。2010年代後半以降, 海外の複数の地域においてVREの分離率の増加が報じられており, その背景に新たな流行株の出現が示唆されている(本号11ページ)。

輸入食肉におけるVRE

 ヨーロッパとアジアの一部の国においては, バンコマイシンと同じグリコペプチド系抗菌薬である動物用アボパルシンが長期間用いられており, 家畜環境中でのVREの増加と, そのヒトへの伝播が問題となった。わが国でも輸入食肉からVanA型VREが多く検出されていた。多くの国々では2000年頃までにアボパルシンの使用が禁止され, 輸入食肉からのVREの検出頻度は減少してきた。一方, 近年VanN型VREが国産鶏肉から継続的に分離され, 海外から輸入される雛鳥との関連性が推測されている(本号12ページ)。このため今後も継続的な監視が求められる。

おわりに

 わが国におけるVRE感染症の届出数は諸外国と比較すると極めて少なく, VREは依然として稀な耐性菌である。厚生労働省院内感染対策サーベイランス(JANIS)事業によると, VREは参加医療機関の約10%でしか分離されていない。しかしながら海外の複数の地域においてVREの分離率の増加が報告される中, わが国でも近年, 大規模な院内感染事例が急性期基幹医療機関を中心に複数報告されている。基幹医療機関で大規模な院内感染が発生した場合は, 入院患者の制限など, 地域の医療体制に影響するだけでなく, 転院を介して療養型病床を持つ中小規模医療機関へVREが拡散することになり, ひいては医療圏域全体あるいはそれを越えた拡散のリスクを伴う。

 NESIDにおいてVRE感染症発症者を対象としたサーベイランスが実施されているが, いったん, 院内感染が認められた場合は, 保菌者も含めたスクリーニングが長期間必要となり, 医療機関の一時的閉鎖による経済損失や, スクリーニング等の感染対策に要する費用が甚大となる。このため, VRE感染症の届出があった際には, 地域的な感染拡大の可能性を念頭に置き, 分離菌株の確保, 地衛研での試験検査を確実に実施する必要がある。  

 また, 医療圏でのVRE感染症発生動向について医療機関, 自治体が情報を共有し, 保健所や地衛研が感染対策を主導的に進めることが望まれる。

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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