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エイズ発生動向調査における診断時CD4数の把握とその活用

(IASR Vol. 40 p165:2019年10月号)

エイズ動向委員会の報告によると, 2018年の新規報告数は1,317件であり, 2018年末まで累計報告数は30,000件を超えている。このようにエイズ発生動向調査により日本国内で新たにHIV感染を診断された全数が把握されている。しかしながらこれまでの発生動向調査ではHIV感染から診断までの期間に関する情報がないため, 未診断者を含む総HIV感染者数(HIV prevalence)もしくは各年に実際に新規にHIVに感染した人の数(HIV incidence)を推定することは困難であった。そこで日本国内のHIV感染者, およびAIDS患者の動向把握の分析の強化を目的として, 2019年よりエイズ発生動向調査の届出票に診断時のCD4陽性Tリンパ球数(CD4数)が届出項目として追加された。HIV感染後のCD4の減衰速度は個人差があるため, 個人の感染期間に関する直接的な指標とはならないものの, 集団レベルで把握することで発生動向分析においては非常に有用な情報と考えられる。欧州疾病予防管理センター(European Centre for Disease Prevention and Control: ECDC)の報告によると, 診断時のCD4数のサーベイランスの導入は2000年前後から始まり, 2016年時点でEU/EEA諸国においてHIVサーベイランスを実施している30カ国中25カ国(83%)で診断時のCD4数が把握されている1)。収集されたデータの分析, 解釈は国によって異なることから, 今後日本でも収集されたデータをどのように分析し, 公開するのか慎重な議論が必要となろう。本稿では諸外国のNational HIV SurveillanceにおけるHIV診断時のCD4数の分析方法および活用について紹介したい。

オーストラリアのHIV/HCV/STIサーベイランスにおいて, 診断時のCD4数は感染から診断までの期間の推定に活用されている2)。診断時のCD4数が350個/mm3未満の症例はHIV感染後4年以上が経過した後期診断者 (late HIV diagnoses), またCD4数が200個/mm3未満だった場合は進行期診断者(advanced HIV diagnoses)と定義され, その割合は単年, 区間平均(10年単位)で分析され, 公開されている。興味深いことにオーストラリアでは, 過去の検査歴を基に, HIV感染症が診断される1年以内にHIV抗体が陰性であることが確認されている抗体陽転者は, 初診時CD4数に関わらず新規HIV感染者(newly acquired)と定義される。すなわち新規HIV感染者は後期診断者, 進行期診断者などに重複カウントされていないことから, 未診断者を含む新規HIV感染者(HIV incidence)の推定のみならず, 後期診断者, 進行期診断者の割合もより精度よく把握することを可能にしている。このようにCD4数に過去の検査結果を指標として組み込むことで, 感染後1年以内の早期診断者, 後期診断者, 進行期診断者を正確に把握し, 結果としてHIV感染から診断までの期間推定を可能にしている例と考えられる。

英国のHIVサーベイランスにおいては, HIV感染症の診断から91日以内のCD4数が報告されている3)。診断時のCD4数が350個/mm3未満である報告をHIV感染後3~5年を経過した後期診断者(late HIV diagnosis)と定義し, 若年死亡率およびAIDS発症率を予測するための主要な因子と位置付けている。さらに後期診断者のうち, CD4数が200個/mm3である報告数と, CD4数に関わらずAIDS指標疾患を伴う報告数は別々に集計される。2017年のCD4数200個/mm3未満の報告は新規報告数全体に占める割合は23%, AIDS指標疾患を伴う報告は12%であった。現行の日本のエイズ発生動向ではAIDS患者を指標疾患の有無を基にデータを積み上げてきている一方で, 臨床現場ではCD4数を指標の一つとして用いる米国CDCの病態分類が主に用いられていることを考慮すると, 日本の診断時のCD4数が集積された際の公表の仕方としては英国のように「CD4数200個/mm3未満の報告数」および「エイズ指標疾患をともなう報告数」を別々に示すことも一つの案であると考えられる。

また英国のサーベイランスの特徴的な点として早期診断者(early diagnosis)をウイルス学的手法によって同定している点が挙げられる。新規HIV診断者の血液検体が実験室に持ち込まれ, HIV incidence assayが実施された。2017年は新規報告数の約50%が検査対象となった。早期診断アルゴリズム(recent infection testing algorithms: RITA)を用いて陽性となった検体は, HIV感染後4カ月以内の早期診断者と定義される。早期診断者の割合は新規HIV発生数(HIV incidence)の指標, 感染から診断までの期間の確率密度分布を作成するための主要な因子として活用されている。

以上のように, HIV発生動向の把握において診断時のCD4数の把握は重要であり, 届出項目として追加されたことは非常に大きな一歩であると考えられる。しかしながら, 上記2国のサーベイランスでみられるよう, 精度の高い動向把握に結びつけるためには, 診断時のCD4数の長期的な把握に加え, 多角的な分析が求められている。

 

参考文献
  1. WHO Regional office for Europe. HIV/AIDS surveillance in Europe 2018, 2017 data.
  2. The Kirby Institute. HIV, Vital hepatitis and sextile transmittable infections in Australia, Annual surveillance report 2018.
  3. Public Health England. Progress towards ending the HIV epidemic in the United Kingdom: 2018 report.
 
 
国立感染症研究所エイズ研究センター
 松岡佐織

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