淋菌感染症に関する最新情報
  ―抗菌薬耐性―

(Vol. 29 p. 247-248: 2008年9月号)

淋菌感染症は、いずれの国においても性器クラミジア感染症と並んで最も頻度の高い性感染症である。男性尿道、女性子宮頸管を主な罹患部位とするが、男性では精巣上体炎、女性では骨盤内炎症性疾患を生じ、不妊症の原因になりうる。また、まれに播種性淋菌全身感染症を引き起こす場合がある。

淋菌は通常の環境では生存することができず、ヒト以外の自然宿主は存在しない。つまり、淋菌の生存は高度にヒトに依存しており、性行為を介する感染サイクルによってのみ、淋菌のポピュレーションは維持されていることになる。このことを可能にする淋菌感染症の特徴は、感染効率の高さと症例によっては無症状で経過する感染像であると考えられる。感染効率は1回の性行為により30%程度に感染が成立すると考えられており、非常に高い。また、尿道炎では顕著な症状が現れる一方で、子宮頸管炎では無症状である場合が多く、女性では自覚症状が乏しいのが一般的である。さらに、性行動の多様化を反映して咽頭や直腸感染症例が近年増加している。これらの症例でも、無症状あるいは症状が乏しい場合がほとんどである。淋菌感染症の制御のためには、無症状保菌者を含む感染者の適切な診断と治療により、淋菌感染サイクルを絶つことが極めて重要である。

淋菌感染症の最も重要な問題は、淋菌の顕著な抗菌薬耐性化と多剤耐性化である。国内では、従来治療に用いられていたペニシリンおよびテトラサイクリンに対する耐性菌の割合は依然として高いことに加え、この10年の間にオフロキサシン、シプロフロキサシン等のニューキノロン剤に対する耐性菌が80%程度にまで達し、既にその使用は推奨されない。さらに、1999年には第3世代経口セフェム耐性菌が分離され、全国各地で耐性株の増加傾向が示されている。淋菌感染症の治療方針は、淋菌の抗菌薬耐性化に対応を迫られ、その結果、現在では確実に有効な治療薬は注射用広域セフェムである、セフトリアキソン(CTRX)およびセフォジジム(CDZM)とスペクチノマイシン(SPCM)の3剤のみとなった。

このように、淋菌感染症の治療法は非常に制限されているが、さらに、これらの薬剤に対する耐性菌が出現する危険性はどの程度なのであろうか?過去におけるSPCMあるいはCTRXおよびCDZMと同系統のβラクタム剤に対する抗菌薬耐性能の獲得機構を以下に概説することで、その楽観視できない状況を示したい。

SPCM耐性は単一遺伝子の点変異によって高度化することが知られている。実際に、1990年前後、東南アジアにおいて8〜9%程度の分離頻度であった。その後世界的にも散発的にしか認められていないが、使用頻度が増大した場合には再び高度耐性株が出現する危険性があると考えられる。

βラクタム剤耐性淋菌はプラスミド性および染色体性の2つに大別される。前者はペニシリナーゼ遺伝子を獲得したペニシリナーゼ産生淋菌(penicillinase-producing Neisseria gonorrhoeae , PPNG)である。後者は、βラクタム剤の標的酵素であるペニシリン結合タンパク質に変異が導入されることによる薬剤親和性の減弱、薬剤の透過性低下あるいは排出能増加による耐性機構が報告されている。

PPNGは1976年に英国と米国とでほぼ同時に分離された。それぞれアフリカおよび東南アジアからの帰国者から分離された輸入例であった。このペニシリナーゼ遺伝子はプラスミド上にコードされていて菌株間を伝播することが可能であった。そのため、プラスミドの伝達性に依存して耐性遺伝子が伝播し、PPNGの分離頻度の上昇の一因となった。国内においては1977年に初めてPPNGが分離されたが、1980年代にピーク(分離菌株のおよそ15%程度)を迎え、その後、PPNGの分離頻度は減少し、現在では1%程度となっている。

PPNGの分離頻度の減少と対照的に、染色体性βラクタム耐性菌の分離頻度は国内外を問わず高く維持されている。染色体性耐性機構のうち、ペニシリン結合タンパク質の変異による耐性機構が詳細に検討され、ペニシリン結合蛋白2(PBP2)の変異とペニシリン耐性の関連が報告されてきた。感受性淋菌のPBP2との比較から、ペニシリン耐性淋菌のPBP2遺伝子(penA )はその一部がブロック状にユニークな配列を持つモザイク型変異が起きていることが示された。塩基配列比較解析から、他のナイセリア属菌のpenA の一部分を淋菌が取り込み、相同組換えが起きたことが示唆された。

第3世代経口セフェムは、この変異型PBP2に対しても親和性を保っていたこと、さらにペニシリナーゼに比較的安定であったことから、これらの耐性菌に対しても有効な薬剤であった。しかしながら、1999年に国内で第3世代経口セフェム耐性淋菌が分離された。この耐性菌のPBP2は、ペニシリン耐性型PBP2とはアミノ酸配列がブロック状に異なる新規のモザイク型PBP2であることが明らかにされた。この第3世代経口セフェム耐性を示すモザイク型変異PBP2を持つ淋菌は、国内のみならず、既にオーストラリア、米国でも分離されており、世界中に伝播していることが示されている。

神奈川県衛生研究所によって行われた京浜地区を中心とした医療機関から収集した淋菌の薬剤感受性試験の結果からは、第3世代経口セフェムであるセフェキシム(CFIX)に対するMIC90は1995〜1999年分離株(349株)では0.031μg/mlだったのが、2000〜2005年分離株(311株)では、0.25μg/mlと上昇していることが示された。また、現在治療のために推奨されているCTRXに関するMIC90も1995〜1999年分離株の0.031μg/mlから2000〜2005年分離株では0.125μg/mlと上昇しており、今後の動向を注視していく必要がある()。

βラクタム剤に対する耐性機構は多様な因子が複合的に関与しているが、その中で、モザイク型変異PBP2の出現とその多様性が淋菌のペニシリン耐性能と第3世代経口セフェム耐性能に大きな役割を果たしてきた。これまでの薬剤耐性淋菌の出現とその拡散の歴史から、現在淋菌に対して有効なβラクタム剤に対する高度耐性化は漸進していくことは間違いない。このような新規耐性淋菌の耐性化機構を予測することは難しいが、変異型PBP2の改変あるいは新規βラクターゼの獲得等が考えられる。いずれにしても、新規に出現した耐性淋菌は難治療例として我々の前に現れ、淋菌の感染サイクルの中で感染例を速やかに増やしていくことが危惧される。抗菌薬耐性に関する組織的なモニタリングシステムの必要性が高まっている。

 参考文献
1)性感染症 診断・治療ガイドライン2006: 日本性感染症学会誌 17(1) Supplement, 2006
2) Spratt BG, Nature 332: 173-176, 1988
3) Muratani T, et al ., Antimicrob Agents Chemother 45: 3603-3606, 2001

国立感染症研究所細菌第一部 大西 真
神奈川県衛生研究所微生物部 渡辺祐子

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)



ホームへ戻る