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破傷風の小児例

(IASR Vol. 37 p. 36-37: 2016年2月号)

はじめに
破傷風は破傷風菌(Clostridium tetani)の産生する毒素によって開口障害・強直性痙攣などを引き起こす疾患で、1968年の全菌体型百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン(DPT)定期接種開始後、小児における破傷風患者数は激減した。本邦における破傷風の年間報告数は100例程度で、患者の多くは定期接種開始前の45歳以上が大部分を占め、小児例の報告は非常に稀である。今回、我々は、定期接種を必要回数受けていなかった破傷風の小児例を経験したので報告する。 

症例:13歳、男児
主訴:痙笑、後頸部・肩の筋強直
既往歴:特記事項なし

ワクチン歴:第1期の沈降精製百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン(DPT)は標準スケジュールより遅れて、5~6歳にかけて3回のみ接種し、第1期追加接種と第2期(11~12歳)の沈降ジフテリア破傷風混合トキソイド(DT)は未接種であった。

現病歴:2015年10月(発症4日前)、野球のスライディング時に右手首(橈骨)を骨折し、当番病院で徒手整復後にギプス固定されたが、明らかな出血や擦過傷などの外傷は認めなかった。発症2日前に近医整形外科に入院し、発症前日に右手首(橈骨)ピン固定術を受けた。発症当日の朝より口が開けにくくなり、後頸部・肩の断続的な筋硬直と多量の発汗が2時間続いたため、鎮静剤(ジアゼパム)を投与され症状は消失した。昼食は問題なく摂取可能であったが、後頸部・肩の断続的な筋硬直が再燃したため、同整形外科より前医小児科に救急搬送された。搬送前後の1時間ほど痙笑を認めたため前医で破傷風を疑われ、抗破傷風ヒト免疫グロブリン250単位の静注と沈降破傷風トキソイド0.5mL接種後に当院ICUに救急搬送された。

入院時身体所見:体温・心拍数・呼吸数・血圧に異常はなく、意識清明。口腔内や頸部、心肺腹部に特記すべき身体理学所見を認めなかった。神経学的にも異常所見を認めなかった。右手首にピン固定術痕を認めたが発赤・腫脹などは認めず、他に明らかな外傷は認めなかった。

入院時検査所見:血液検査ではCK 286 IU/Lと軽度上昇を認めたが、AST 19 IU/L、LDH 194 IU/L、WBC 8,400/μL、CRP 0.24 mg/dLと逸脱酵素や炎症反応の上昇は認めなかった。

頭部CT・胸部レントゲン・脳波:特記すべき異常所見なし

入院後経過:経過より破傷風を強く疑い、両手・爪先の洗浄、抗破傷風ヒト免疫グロブリン1,500単位の追加静注とペニシリンG 2,400万単位/日(600万単位 1日4回:8日間)の点滴静注を開始した。症状の再燃なく経過したため、発症4日後に小児科病棟に転棟した。発症9日後に抗菌薬をペニシリンGからメトロニダゾール1,500mg/日(500mg 1日3回:6日間)の内服に変更し、発症12日後に退院となった。退院から約1カ月後に沈降精製百日せきジフテリア破傷風不活化ポリオ混合ワクチン(DPT-IPV)の接種を行った。

考 察
破傷風の診断は臨床症状で行い、外傷歴の有無が重要とされるが、明らかな外傷歴を認めない場合もあるため注意が必要である。臨床経過は、開口障害が起こるまでの第1期、開口障害の出現から全身の硬直性痙攣が出現するまでの第2期、全身の硬直性痙攣が出現する第3期、症状の回復する第4期に分類されている。第2期から第3期出現までの時間をonset timeと呼び、この期間が48時間以内の場合は予後不良(重症)とされている。

また、破傷風は自然感染では免疫が誘導されないため、ワクチンによる発症予防が非常に重要である。一般的に抗破傷風毒素抗体価からみた破傷風の防御レベルの下限は0.01 IU/mL以上、十分な防御レベルは0.1 IU/mL以上とされている。

本症例で第3期に至らずに軽症で経過した理由として、以下のものが考えられた。1)症状出現から前医での抗破傷風ヒト免疫グロブリン投与まで8時間程度、また、当院でのペニシリンG投与も12時間以内と早期に開始できたこと、2)前医での抗破傷風ヒト免疫グロブリン投与前の抗破傷風毒素抗体価は0.16 IU/mLと、発症防御レベル以上であったこと、があげられる。しかし、本症例の破傷風ワクチン歴は、定期予防接種のスケジュール通りには行われておらず、DPTワクチン接種は1期初回3回のみで、1期追加接種と11~12歳でのDTトキソイド追加接種(第2期)も行っていなかったため、今回の破傷風の発症を防ぐことができなかった可能性は否定できない。

厚生労働省健康局結核感染症課が実施主体となり、全国の都道府県ならびに国立感染症研究所が協力して実施している感染症流行予測調査によると1)、DPTワクチン4回、DTトキソイド1回の合計5回接種を受けた10~19歳の幾何平均抗体価は1.3 IU/mLであり、3回接種しか受けていなかった本症例の0.16 IU/mLは低値である。

小児科領域ではワクチンの普及により破傷風の発生を現在ほとんど認めていないが、本症例のように不完全なワクチン接種の場合は発症を防ぐことが難しい可能性もあり、定期予防接種のスケジュールに沿ったワクチン接種と10年ごとのDTトキソイドあるいは沈降破傷風トキソイドの追加接種が重要であると思われた。

最後に、本症例の抗破傷風毒素抗体の測定をしていただいた国立感染症研究所細菌第二部・妹尾充敏先生、本症例の報告に関して助言いただいた国立感染症研究所細菌第二部・加藤はる先生、国立感染症研究所感染症疫学センター・多屋馨子先生に深謝致します。

 
参考文献
  1. 感染症流行予測調査2010年度報告書
    http://www.niid.go.jp/niid/ja/y-reports/679- yosoku-report-2008.html(2015年12月現在URL) 


札幌医科大学小児科
  津川 毅 赤根祐介 富樫篤生 竹内孝子
  鎌崎穂高 要藤裕孝 堤 裕幸
札幌医科大学高度救命救急センター
  喜屋武玲子
JCHO札幌北辰病院小児科
  稲澤奈津子 伊藤希美

 

 

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