国立感染症研究所

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先天梅毒児の臨床像および母親の背景情報に関する研究報告(2016~2017年)

(IASR Vol. 39 p205-206: 2018年11月号)

はじめに

近年本邦では20代を中心とした女性の梅毒患者報告数が増加し1), それに伴い先天梅毒の報告数も増加し2), 2016年に15例, 2017年に9例が報告された(2018年3月8日現在)。我々は先天梅毒の発生予防対策に資することを目的に, 2016年3月以降に感染症発生動向調査に届出られた先天梅毒児の主治医および母親に対し, 自治体と医療機関の協力を得て質問紙調査およびインタビュー調査を実施した(背景, 方法等に関しては, https://www.niid.go.jp/niid/ja/syphilis-m-3/syphilis-iasrd/7142-445d01.html3)および4)を参照)。今回, 参考文献3)の続報として, 2017年10月までに報告された先天梅毒17例のうち調査協力の同意が得られた13症例の結果を報告する。

結 果

1.先天梅毒児の臨床像(

全例が月齢2か月までに診断された。診断時, 9例は多彩な症状・所見を認め, 無症状の4例は妊娠・分娩時に梅毒と診断された母親から出生したため梅毒検査が実施された。診断は主にTreponema pallidumを抗原とするIgM(FTA-ABS IgM)抗体検査でなされた。月齢1か月での診断例は早産, 低出生体重児(36週, 2,120g)で出生後, 1か月健診で体重増加不良, 活気・顔色不良, 肝腫大, 膿性鼻汁, 口唇周囲の放射状の亀裂等の症状を認めたため精査され診断に至った。月齢2か月での診断例は正期産で出生後, 2か月時に肝脾腫, 貧血, 血小板減少, 白血球増多を認め, 白血病を疑われ精査され先天梅毒の診断に至った。治療は, 11例がベンジルペニシリン(PCG)経静脈的投与でなされた(投与期間:10日間5例, 12日間1例, 14日間4例, 35日間1例, うち1例は外来加療への移行のためアジスロマイシン内服を併用)。1例はアンピシリン(ABPC)治療で再燃し, PCG10日間の追加治療がなされた。他の2例はABPC 14日間の経静脈的投与で治療が完遂された。治療薬の選択は米国疾病管理予防センターのガイドライン5)の推奨に基づきPCGが選択された一方で, 新生児への使用経験や症例報告に基づきABPCが選択された。転帰は全例が生存であった。長期的予後を主治医へ聞き取った結果, 13例中7例で回答が得られ, 2例で後遺症を認めた〔調査時点の月齢の中央値19.5か月(範囲5-24か月, 不明1例)〕。後遺症の内訳は1例が慢性肺疾患, 気管軟化症, 未熟児網膜症, 黄斑形成不全であり, 1例は発達遅滞であった。主治医からは先天梅毒の診療において日本語のガイダンス/ガイドラインの不足が課題として挙げられた4)

2.母親の背景情報(

年齢中央値は25歳で, 10代の若年妊婦は2例であった。妊娠時に未婚や, 性産業従事歴, 生活保護受給歴, 梅毒以外の性感染症の合併を有した母親を認めた。妊婦健診は未受診が3例, 不定期受診が3例, 定期受診が7例であった。未受診の3例は, 飛び込み分娩や墜落分娩時の血液検査で梅毒と診断された。不定期受診の3例中1例は, 妊娠中期に妊婦健診を初診し梅毒スクリーニング検査が実施されたが, まもなく早産で分娩に至り治療開始が間に合わなかった。他の2例はそれぞれ妊娠中期と後期に初診し梅毒スクリーニング検査で梅毒と診断され, アンピシリン, もしくはアセチルスピラマイシンの内服治療が開始されたが, 妊娠中の治療経過が不良であった(内服状況不明)。定期受診の7例中4例は, 妊娠初期の梅毒スクリーニング検査は陰性で, 妊娠中に梅毒に感染したと考えられた。うち3例は妊娠中に早期梅毒症状と考えられる咽頭炎, 発疹, 陰部症状等を認め医師の診察を受けたが梅毒の診断には至らなかった。他の3例は梅毒の既往歴があり, いずれも妊娠初期の梅毒スクリーニング検査が実施されていたが, 1例は活動性の判断に至らなかった例, 1例は非活動性の結果であったが妊娠35週に病院独自の方針で再検査され活動性の梅毒感染が判明した例, 1例は初期に梅毒の診断に至りアモキシシリンの内服治療が開始されたが, 妊娠悪阻による内服困難が継続し治療経過不良であった例であった。母親からは, 妊娠中の性感染症の予防知識, 梅毒の母子感染による胎児への影響や再感染のリスクに関する情報の不足が課題として挙げられた4)

まとめ

若年妊娠, 未婚, 性感染症の既往・合併, 性産業従事歴, 妊婦健診の未受診もしくは不定期受診等の妊婦の背景要因は, 近年においても先天梅毒発生のリスクに関連しうる。一方, 妊婦健診を定期受診していた妊婦からも先天梅毒が発生していたことは, 梅毒が流行する近年における新たな課題である。

個人(妊婦とパートナー)においては, 定期的な妊婦健診の受診や, 妊娠中の性感染症の予防知識の不足が課題であった。これらの重要性を啓発することにより, 妊娠中の梅毒感染の予防と妊婦梅毒の早期診断に繋げることが重要と考えられた。医療従事者・医療体制においては, 妊婦梅毒の適切な診断や, 妊娠中の内服治療管理, パートナー健診の徹底が課題であった。これらの課題に対しては, 妊婦梅毒や先天梅毒の診療に関する指針を構築し, 医療従事者へ情報提供を行うことが求められると考えられた。特に, 妊婦の背景要因や感染機会の有無を考慮に入れ, 妊婦に症状が出現した場合に梅毒を鑑別すること, 梅毒の既往歴がある妊婦においては再感染も考慮に入れ慎重に梅毒スクリーニング検査結果を解釈すること, 妊娠中期・後期の梅毒スクリーニング検査体制を検討することの必要性が本結果から得られた重要な知見であった。これらの知見も踏まえ, 2018年6月に日本性感染症学会より「梅毒診療ガイド」 が発出された6)。今後さらなる先天梅毒の発生を予防するために多方面からの対策実施が望まれる。

謝辞:本研究にご協力いただいた患者様ご家族, 医療機関および自治体の関係者様に深謝致します。

 

参考文献
  1. 国立感染症研究所, 日本の梅毒症例の動向について(2018年7月4日現在)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/syphilis-m/syphilis-trend.html
  2. Takahashi T, et al., Sex Transm Dis 45(3): 139-143, 2018
  3. 金井瑞恵ら, IASR 38: 61-62, 2017
  4. Kanai M, et al., Sex Health, 2018 Sep 21
  5. Centers for Disease Control and Prevention, 2015 Sexually Transmitted Diseases Treatment Guidelines
    https://www.cdc.gov/std/tg2015/default.htm
  6. 日本性感染症学会梅毒委員会梅毒診療ガイド作成小委員会,梅毒診療ガイド
    http://jssti.umin.jp/pdf/syphilis-medical_guide.pdf

 

国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(現大阪市保健所感染症対策課)金井瑞恵 
国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(現細菌第一部協力研究員)錦 信吾
同 感染症疫学センター
 有馬雄三 山岸拓也 島田智恵 砂川富正 高橋琢理 松井珠乃 大石和徳
国立国際医療研究センター国際感染症センター 国際感染症対策室 堀 成美
東京医科大学病院渡航者医療センター 多田有希
国立感染症研究所細菌第一部 大西 真

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